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「ここにいない」感

小学校の時、

例えば集会で全校生徒(といっても私の学校は小学部と中等部全員で200人ぐらいだった)が集まるとき。本当は全校集会なんかなくて、自分だけが勘違いして体育館に来てるだけなんじゃないか、とか。

運動会でよさこい踊ってる時、本当は勘違いで、自分だけが運動場の真ん中に出て踊ってて、周りの人は茫然としてるんじゃないか、とか。

そうやって、最中に突然自分だけ白ける場面がよくあって、いつもそれが来るってビクビクしていた。

あーまた来たよって感じではなくて、今度こそ自分だけの幻覚なんだって、毎回思ってた。

そもそも自分が「そこにいる」時に、「あー私今ここにいる」何て思わないし信じられるのは自分の目だけ。私はその目が信じられなかった。目以外の他のもので確認が取れないとダメ。

<追記5/7>おそらく、うちの家は黒いリュックを買うと「冬しか使えないね」と言い、白いリュックを買うと「夏しか使えないね」と言うような家なので、常に流行(=周りの空気)の中で自分だけ白けているっていう習慣がついてしまったんじゃないかな。

さらに分かりやすい例として、中学生になっても、トイレに入ったとき、個室で便座に座って、本当にここがトイレなのか、違うといけないから、トイレの壁をベタベタ触ってた。手に冷たいタイルの感触があって、「どうやらトイレでいいらしい」と判断していた。<追記>

その癖は今でも治らない。私はディスカッションが恐ろしく苦手だ。理由は本当に一言じゃ語れなく、様々な要因があるのだが。とにかく徹底的に避けている。ディスカッションで、他人が発言していても、自分が発言すべきと感じない。何も言えないからとりあえず否定だけしてると、「じゃあさえちゃん何かない?」って言われて、ああ、私居たんだ、ってなる。

責任感が、欠如している。

<追記5/7>今度クリニックに行ってくる。まずは電話しないと<追記>

存在の話(3/22?の下書き更新)

存在、とは何だろうか。

物体が存在するとはどういうことだろうか。

例えば盲目の人がいて、その人の前にマグカップか何かが置いてあるという状況。

その人には当然そのカップは見えない。その場合、そのカップは存在していることになるのだろうか。その人にとっては見えていないのだからそのカップの存在は当然ない。

物理的な存在は事実だ。だけど、「存在している」とはどの時点からいうのだろうか。人に知覚(認識)されてからだろうか。

 

逆に、「見えないもの」が存在するということはあり得るだろうか。「見えないもの」でも知覚(意識)することができたら存在を認めてよいだろうか。

 

「大切なものは目に見えない」

誰もが知っているであろう星の王子さまの中に出てくる言葉。

大切なものは、目には見えなかったとしても知覚(意識)することができる。

目に見えるものだけが真実ではない。「見えないもの」は存在する。実存以前に。

 

目に見えないけど(実存はないけど)知覚できるもので、大して大切ではないもの、「暗黙の了解」。暗黙の了解は大抵の人が読み取れる。というか読み取れないと現代の日本の社会では生きていけない。

そんな現代は「星の王子さま」的世界ではなく「裸の王様」的な世界だと私は思う。

 

正直者にしか見えない服(知覚・意識できる)、これは王様をだますためにでっちあげられたものだったが、みんな見える(実存)って言ってくれる。それを知覚(意識)して(機嫌取りとかの暗黙の了解を介して)。

うーん、善意しかない!

そんな世界を否定はしない。

でも何でみんな暗黙の了解は読み取れるのに、星の王子さま的なものは読み取れないんだろう。おかしい。

いや、実際は知覚する能力を持っているのになかったことにしているに違いない。王子様、かわいそう。

 

まあでも、正直者にしか見えない服、いいと思う。着てみたい。人々の善意を浴びたい。

しかし実際リスクが高すぎる。あと5kgぐらい痩せてからの方が良い。念のため。

 

いや、そもそも体重などと言うものは目に見えない(実存はない)にもかかわらず、目に見える(実存)数値に表していて、全く実態の把握が難しい。厄介。

久しぶりに海外旅行に行った。姉の留学先を訪ね、さらにそこから姉と一緒に我々が昔住んでいた国へ。

大分発展したと何となく聞いていたのだが、想像通り、やたらスタバができている。

アメリカの文化に侵略されたという感じだろうか?いや、しかしこの国の根本の精神は変わっていないのである。サービスの質を下げることで確保される家族の団欒、保護されるプライバシー。あわよくば見合う以上の金を取ろうというセコさ。それが上手くいった場合には満面の笑みと感謝の言葉を忘れないこと。

デパートのトイレに行った。こちらでは基本トイレは有料。トイレの運営費だ。ニッポンはタダで綺麗なトイレが使えるし、ファミレスごときでもタダで水出て来て飲み物頼まなくても何とも言われない。こっちはスーパーのレジで長蛇の列に並ばされても、いきなり日本から来たのにこの環境にいるだけで、しょうがねーなーとしか思わないぐらいのレジのお姉さんの風格がある。ニッポンのレジのお姉さんはみんなサイコだ。だから接客業に行き着くまでに時間がかかったし、今でも会話のテンポが合わない。ニッポンのバイトやってらんねー帰ったらすぐやめてやるやめないけど。

トイレ60セント必要だったのでしょうもなって思ってたら姉が2人でゲート通れるのではって言った。バレたらどうするって思ったけど私もそうするつもりだったしそうじゃないとしょうもなすぎるので、えーとか言いながらそうした。監視カメラなさそうだったのに、個室入ったら外から見張りのおじさんみたいな人の声がした。カメラ、あったのですか。コワイ。この瞬間の気持ちは以前にもどこかで感じたことある。別にお金ないわけじゃないけど、ああ、恥ずかしい。おじさんすぐ行ったけど、多分女子トイレだから。

いや、とはいえこのトイレ、金取るには汚いぞ?今思えばトイレに下痢した人の流しきれなかった緑色のう◯このカスみたいなのが浮いていたかあるいはそんな匂いがしたような気がして来た。セコイ。

姉は、すごいよね。いつも死ねとか消えろとか邪魔とかあれやれこれやれ嫌だお前のせいとか言っているので、妹という世の中の不条理を無言で受け入れている内にいつの間にかとても優秀な人になっていました。皮肉じゃないです。優秀、というのは絶対的な意味で、かつ私の主観的な意味で、です。

あなたの周りに呪縛はありますか?

強いて言うなら「世代の呪縛」ですかねえ。

なんか、事あるごとに親の目を気にしてしまうんですよね。

親の方も、子供に自分の力で羽ばたいていってほしい気持ちと子供を手放したくない気持ちがあったりして。いや、後者の方が確実に上回っているでしょうね。

自分も自分が鳥籠の中の鳥のようであることを拒否すべく抵抗しようとするものの、どこかそこに安住してしまうんですよね。小学校の頃の、物理的な面でも鳥籠の中にいた時から何も変わっていないです。

「早熟の天才」っているじゃないですか。高校生企業家とかも流行っていますよね。私、ああいうのを見ると、「親の顔が見てみたいわ~~~」と思ってしまうんですよね。小学生の頃ピチレモンとかnicolaとかラブベリーなどのローティーン雑誌を読んでいたのですが、ああいう雑誌のモデルを見ても思っていました。家族構成などを調べてみると、なるほど、やはり片親か。なるほど、お母さんが20の時の子供なのですね。小さい頃茶髪だったのですか。なるほどなるほど。

ぼくりり君のNoah's Arkのサイトを読んでいます。別にぼくりり君を特別に好きなわけではないのですが。まあ曲は好きです。ビジュアルもそこそこ。クラウドファンディングをやっていたことには反対でした。キュレーションサイトを作る意味が分からなかったです。ぼくりり信者はぼくりりのツイッターを読んでいればいいじゃないですか。わざわざウェブサイトを作る必要があるのかな、って。

でも実際読んでいて、なるほど、140字には収まらないとても素敵な読み応えのある文章でした。しかも、どこどこのサイトの対談企画、というのではなくて主催ぼくりりってやっぱ安心感ありますね。

昨日は穂村弘さんという歌人との対談を読みました。早熟の天才、ぼくりりには分からない。うん、分かります。ぼくりり君の、全員にチャンスをっていう思想にはとても賛成できるし、ああいう立場でああいうことが言えることを尊敬するのですが、やはりご自身も生存者バイアスという言葉を多用されていますよね。

穂村弘さん、気になって調べましたよ。めちゃくちゃ面白いですね。年齢は40ぐらいなのかな?おそらく心は小学生とか中学生ぐらいのままなのでしょうね。そのように感じられました。彼の歌や文章を見ていると、ああ、自分の感じたままを素直に文章にして良いのだな、と思いました。

それで今日更新した次第でございます。

 

17/02/14の出来事の記録。

朝6時に起床。6時と言っても6:10ぐらい。

湯を沸かしてインスタントコーヒーをつくる。紅茶のポットでお茶を淹れるのが面倒なため。インスタントコーヒーが濃い。

6:30頃着替えを考える。昨日服を用意しておいたが嫌になる。ヒートテックが襖の奥にあるため襖を開けなければならない。

適当な服を選ぶ。6:40頃、一本後の電車でも良かったことを思い出す。

7:03家を出る。ポストを確認したが荷物はまだ届いていなかった。

7:22の電車に乗りたい。スマホを一日前に電車の中に忘れたためフリーWi-Fiがないとネットに繋がらないネクサス7を持ってきたが、重いのでリュックの中。時計がすぐに見れない。しかし順調に家を出たので間に合わない訳がない。改札に着くと20分になるかならないかぐらい。7:22の電車がない。最初は間に合わなかったのだと思ったが違う。半信半疑で小走りでホームへ。電車はなく、出た気配もない。あまりの失望に気絶しそうになり、本当に気絶してやろうかと思ったがしなかった。丈夫である。

次の電車に乗る。

改札は少しでも歩くのが遅い人がいるとリズムが狂って全体に迷惑がかかる。東京だろうと地方だろうと関係ない。

結局そこそこ順調にバスも来て授業にもギリギリ間に合う。試験だったのでいつもは20人ぐらいしかいないのに大教室全体がほぼ埋まっている。試験は二限からだぞ馬鹿野郎。トイレが中々人が出てこなかったので結局始業には遅刻した。トイレ待ってるとき並んでるアピールしたけど隣の個室から出てきた人知り合いだったかもしれない。大丈夫だろうか。自分が人を待たせているときは人のことなんて気にしないから傲慢である。

テストは時間余った。けれど前の日もテストだったので60分の記述多めのテストがなんだかんだ時間が過ぎることを知っていた。

テスト時間は70分。60分経過するまで出てはいけないとは、意味が良く分からない。終了10分前隣の人が早めに手を上げたタイミングで一緒に自分も出そうかと思ったがTAがとる気なかったのかさっといってしまったので結局終了までいた。

スタバを買って(クリームラテ?朝から何も口にしていなかった。腹も減っていないけど便秘だったので)スタバwifi(学内LANもあるのに)を使ってツイッターで今日のイベントの情報をチェックしていたら乗りたかった電車に間に合わなそう。バスは10分程待ったため。駅のスタバwifiを使って会社の父にメールで母に伝言。スタバのごみ箱はスタバであれば店舗は違くても捨てていいのだろうか。母のドコモのメアドが分からなかったため。4通ぐらい失敗して諦めた。父のグーグルアカウントのアドレス履歴から見つけて自分のアカウントからメールを送れたので少々天才。改札を通ったけど電車の到着時間を確認したいのでまた改札のぎりぎりまで戻ってスタバwifi。期待の時間はない。12:30に大幅遅刻。さらには15分から待っていたというから最悪。

 

渋谷。結構時間あると思ったのでライオンへ。結局1時間あった。どこに座ってもいいらし私語厳禁と言ってもそんな厳しくなかった。ひゃっけんなんとかとかいう怪しい通り。こんなところあるんだって感じだけどここは日本なので大丈夫。キャッチのおじさんみたいのに一瞥された。ドリンクメニューしかない。

17:40分トイレへ。和式しなかったので諦めて会計。地図よく分からないけど怪しい道を奥に進みたくないので無意識に反対方向に行ってた。道がたくさんあるので少しぐらい間違えても大丈夫だと思ったけどよくわからない方へ行って変な大通りに出て駅の方に向かってしまっ開場に間に合わない。地図は100%従った方がいいと再認識。

はてなブログタイプの処理速度が遅い。はてなブログ関係ないか?昨日pcを殴ったから。箇体が欠けて下が歪んだのでまっすぐ置けない。windowsの予測変換はiOSに慣れているから低能で元々嫌い。